尻の役目と文化

性と尻

ヒトの尻は、大きな筋肉があることにより自ずと盛り上がりを見せるものであるが、それ以外にも、座位の際に関節や神経等を保護するクッションとなり、体重による苦痛を感じないよう脂肪が多く付いている。特に女性は、出産に備えた骨盤の形状および位置の関係で、尻が後方が突き出すようになっていて盛り上がりが顕著であるため、乳房と並ぶ重要な身体的魅力(セックスアピール)を発揮する部位となっている。

類人猿をふくめたサルの類においても同様であるが、ヒトのような皮下脂肪ではなく、尻だこと呼ばれる皮膚の発達したものによって大きく盛り上がるものがある。役割としてはちょうど座布団を備えているようなものであり、これによって岩や木の枝などの上に長時間座って過ごすことができる。ヒトにおけるペンだこのように、接触刺激が継続することによってできるものではなく、尻だこは生まれつき備わっている。メスにおいては、四足歩行体形をとった際に尻の中央に外性器を示す。また、尻が赤く腫れ上がる(皮下の血管が透けて見える)ことがある。これは交尾の準備ができたことをアピールする、すなわちオスをひきつける効果を外性器とともに担っていると考えられている。

もともとメスのセックスアピールを発揮するのは、外性器とその周辺の尻の役目だったが、ヒトは直立して生活するようになり、尻および外性器がオス(男性)の目に付きにくくなった。そのため、尻の代替として2つの乳房のふくらみがよく発達したとの考えもある。これは他の哺乳類においては、ヒトほど盛り上がった乳房を持つものがない、また乳房の膨らみは授乳機能には直接の関係がないことを説明するものである。しかし、これは証明されたものではない。ただし、ゲラダヒヒという猿のメスは、胸が性器周辺を模したと考えられるつくりになっている。ゲラダヒヒは座って過ごすことが多く、尻および尻の中央にある外性器を見せることが少ないため、その代わりとして胸に身体的自己擬態としての外性器のコピーを持ったと考えられる。このコピーは本物の外性器と同様、いわゆる「さかり」がついたときに色が変化し、オスにそれをアピールする。このようなことから、ヒトであっても女性の胸が尻のコピーであるということは充分に考えられることではある。ヒトの場合、女性器のコピーは唇として発達したとの考えもある。これも乳房同様、他の動物には見られないことなどが理由となっている。少なくとも文化的にはそう考えられることが多い。

臀部の発達した欧米の若い女性などが、尻(腰)を左右に振るように歩くことがしばしば見られる。セクシーさのアピールとしての行動であるが、多かれ少なかれ臀部の筋肉の自然な動きでもある。しかし、臀部の筋肉の障害などによってもこうした動揺性痺歩行がみられる場合もある(トレンデレンブルグ歩行)。

伝達手段としての尻

性にかかわること以外でも、尻は仲間などへの合図に用いられる。特に定常的に四足歩行を行う大型哺乳類においては、有蹄類にみられる臀部斑(でんぶはん)などが合図の役目をしていると考えられている。また、外敵に襲われるなどした場合、逃げる際に尾をたてて尻を見せることにより、他の仲間に危険を知らせるとされる動物もいる。

昆虫類においてはミツバチの尻振りダンスが、蜜のありかなどを仲間に知らせる合図になっている。シリアゲムシは威嚇のために尻をカールさせるように上げる。ハサミムシやサソリなどは、実際にハサミや毒針といった攻撃のための器官を備えるが、そうした器官を持たないシリアゲムシが尻を持ち上げる理由は不明である。アリも尻から蟻酸を噴出させるために尻を持ち上げ、種類によってはそれを威嚇のポーズとする。また、尻を振ることで振動をおこし、とまっている木の葉を揺らすものもある。

イヌ科の動物には肛門近くに特有のにおいを発する粘液を分泌する肛門腺というのがあり、本来は便に付着させて自己アピールを行うものであるが、しばしばペットのイヌを散歩させているときなど、他のイヌの尻のにおいをかぎあったりする行為がみられる。

安全な場所としての尻

近年においては疑問を呈する人も多いが、欧米において子どもをしかる際に、尻を叩くことがよく行われる。日本において、頭にげんこつをくらわすなどと同様な、体罰・おしおきの意味を持つ尻叩き、お尻ペンペンなどと呼ばれる行為がある。頭を殴ると知能に影響がある、尻であれば安全であるなどのこともいわれるが、理由や起源は明らかでない。スパンキングと称し、性的趣味の1分野ともなっている。

医療においては、筋肉注射を行う際の部位として尻がよく用いられる。腕などに比較して対象部位が広く、かつ筋肉も大きいために、ある意味安全性が高いと考えられる。しかし、神経や血管を傷つけないように深く注射針を刺すことができる場所は、じつはそう広くはない。

侮辱の道具としての尻

自分の尻を見せることは、欧米においては一般的にその相手を侮辱することを示す。なかばジョーク的な意味においても、着衣をおろして尻を見せることがある。女性にても行う場合がある。日本でも、競争相手などに尻を向け、「ここまでおいで」などと自分の尻を叩いてみせることがある。

美人の条件としての尻

古くはホッテントットと呼ばれ、現在ではコイコイ人(コイコイン)と呼ばれるアフリカ南部の原住民の集団においては、女性の尻が大きいことが美人の条件とされている。その尻は脂肪臀症(ステアトピギー)と呼ばれる特異な状態を呈し、体の側方より見た場合に著しい盛り上がりをみせ、子どもを背負った場合の足がかり(踏み台代わり)になるともいわれる。これは日本においても早くから伝わり、尻の大きい女性を揶揄してホッテントットと呼ぶことがあった。学童期におけるあだ名としても少なからず用いられ、心理的苦痛を覚えた女性も多いと推測される。このコイコイ人の女性の尻は、栄養状態が悪化するとしぼむという。なお、こうした脂肪臀症はコイサンマン(旧称ブッシュマン)の女性にもみられる。

有史以前の彫刻や土器などにおいて、こうした尻の大きな女性(あるいは母性をかたどった神像など)の像がみられることから、初期の人類の女性はそもそも尻が大きかったのではないかという考えがある。食べ物が豊富に得られなかった狩猟採集民族だったころの人類、とくに獲物を狩る男性ではなく、今でいう「家庭」を守り育児をする女性にとっての栄養タンク(ラクダのコブのようなものであろうか)の役目があったのかもしれない。コイコイ人やコイサンマンには、そうした古い人類の特徴が残っていると考えることができる。そして、男性が女性の二つの大きな丸みに対して興味を持つということは、男女という性差がある動物ゆえの当然の反応であるともされる。おもしろいことに、時代をはるかに下ったビクトリア朝の女性の衣装にも、極端に尻の突き出しを強調したスタイルがみられる。

日本においては特に美人の条件とまではされていないが、腰周りを含めた尻が大きい女性は子孫繁栄に結びつくとのことでありがたがる風習があった。安産型、安産体形ともいわれるが、現在では実際に安産かどうかとは無関係に、女性をからかう言葉や自分の体形を自嘲気味に表現するときなどに多く用いられる。

トンガにおいてはかつては肥満が美人の条件ともされ、勢い尻も大きいほうがよいという風潮があったが、現在は国を挙げての減量政策のため、旧来の価値観(大きい尻が好まれる)の衰退に影響を及ぼしている可能性が懸念される。

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